アルツハイマー病、ReCODEそしてどう死ぬか

リコード法をもとに 若年性アルツハイマー病からの回復に取り組んで17カ月が経過しました。
萎縮、ダメージの厳しいⅢ型アルツハイマー病は「アルツハイマー病 真実と終焉」からの情報のみでの前進難しく プラスアルファ 視点を探し、方法を探して行動中。
これだけやってもまだ回復しない、そんな日々をリアルタイムレポートをいたします。




不治の病とは

アルツハイマー病は 現在有効な治療法が確立されていず 進行によって確実に死に至る病。
なすすべなく 人としてのすべてを破壊されて命を落とす・・・いや、違う。できることがある、それがReCODEと 取り組んできたのだけれど さてこれで死に至る病から逃れられるのか?「確実に死に至る」そんな病はアルツハイマー病だけではない。この世に生まれた命は例外なく 死に至る。いわば生まれたことが死に至る病。
「生」とは やがて来る「死」までの時間で、その時間をどのように過ごし、どのように終わるかということではないだろうか?


旅立ち4例

祖母:享年88歳 死因 肺腺癌

88才の誕生日、その日に旅立った祖母。年子を授かってすぐに夫と死別。シングルマザーとして戦争のどさくさを二人の子供とともに生き抜いた。阪神大震災では 崩れた家の屋根の下から自力で脱出。生涯刹那主義、小さな日常の幸せを作りながら87歳まで自立生活。孫5人、ひ孫5人 。入院の病床での誕生日のお祝いを準備している親族の中で静かに眠り最後の息を吐ききった。名残の桜が舞う季節だった。

父:享年69歳 死因 前立腺癌

戦後のどさくさ 高度経済成長期 オイルショック バブル 戦った昭和の仕事人間。ゴルフ、少年野球チームを率いるなど体力に自信がわざわいして 不調を自覚したときすでに全身に転移した末期癌だった。とはいえ 自覚なくコースプレーに出かけ、積極的に生活を謳歌、3カ月の緩和ケアで旅立ち。ベッド上で死後の遺産の処理、自分の葬儀の手配までする。仕事上のライバルから、長年音信不通だった親戚まで訪問者が絶えず、旅立ちの枕元には 7人の孫はじめ、14人の親族が集まり、昔話に花を咲かせた。49日の法要の日に阪神タイガースが優勝を決めた。無類の阪神ファンとしては最高の旅立ちだったかもしれない。


義父:享年76歳 死因 肺腺癌

事務職、高等学校教員を経て 京都で活躍した仮名書家、書道教育者。僧帽弁閉鎖不全症、脳梗塞、前立腺癌と難病を次々と押さえ込み 精力的に活動した精神力の人。肺がんとの闘いにも正面から挑み、抗がん剤が引き金の敗血症で急死。直前まで 作品を発表し続け 旅立ちの3日前まで展覧会を控えたお弟子の稽古をつけるなど「やりきった」感満載の人生。


母:享年79歳 死因 心臓麻痺

中卒、集団就職で九州から関西へ。10代から自立した生活をし 家政、洋裁をマスターする。
稼業の裏方、子育て、オーダーメイドの仕立て と一人何役もこなし、晩年まで趣味の絵画や地域のボランティアで活躍。7人の孫を背負った背中、ぞろぞろ引き連れてあるく姿は壮観だった。とにかく頼りになる小さなゴッドマザー。故郷から訪ねてきた親戚をもてなした夜に「もう、寝ようか。お休み」が最期の言葉。誰も間に合わず、一人で旅立ち。枕経をあげに来たお坊様が号泣するなど 深く慕う人が多かった。

母の場合は 看取りと言ったものかどうか ここまで見事なピンピンコロリをやってのけられると、残されたものにとってはあっけな過ぎて認めがたく、大変混乱してしまった。


別れてしまえば仏様、というけれど なんと人の最期にはその人らしさが凝縮されているものかと 思いだすたびに不思議な気持ちになる。大腸癌におかされながら生徒のためのコンサートを開催してご自身名演奏を残して3カ月後に旅立った音楽の師匠など 人生は「死」によって締めくくられるその人らしさという気がしてならない。

アルツハイマー病の恐ろしさ

結局のところ、誰しも「死」から逃れることはできないのだけれど 不治の病「アルツハイマー病」のむごさは「その人らしさ」をもぎ取られることではないかと私は思う。アルツハイマー病患者は2度死を迎えると言えるかもしれない。 

もしもReCODEに出会わなかったなら

56歳で若年性アルツハイマー病と診断された主人、もしもReCODEに出会うことがなかったら どうなっていたか。
30代、40代 情熱を注いでいた 脳神経にアプローチする独自の音楽教育法を定年後にまとめ完成すると言っていた。実例や膨大な資料(奇しくも、その時の資料が現在当人のリハビリに役立っているという不思議)生徒のための音楽という仕事を終えたら 自分のための音楽を と楽しみに収集した 楽譜、書籍、その他もろもろ。部屋にはぎっしりと、いや、部屋だけでなく家じゅうに・・・。

50代には 混乱し始めた事務仕事、業務上の不名誉な評判(本来ユニークな人材としていつも新規プロジェクトメンバーに据えられていたというのに)その挙句に、楽しみにしていた「定年後」の時間はおとずれることなく早期退職。

退職して時間がたっぷりできたときには 資料も 楽譜も主人にとって意味をなさない「モノ」になっていた。

ゆっくりと落ちていく命の坂道を穏やかにやさしく・・・(ということが許されるほど甘い病気ではないのだが)

「不治の病」その現実をただ静かに受け止めていたら このシナリオが一番「主人らしい」生き方だった、と思うしかないということになる。

ReCODEに出会って

ReCODEに出会って 主人は帰ってきた。とはいえ、毒性、ダメージ範囲が広く 深刻な状態まで進行していた3型アルツハイマー病。言語、手指、その他 障害が克服できていない。
「アルツハイマー病 真実と終焉」の記述でも 「~でなければ回復する」とされているタイプだが、 ナルホドと体験的に実感できる。
今なお 多方面で対策継続、リハビリ続行の状態だけれど 書籍を手に取り、CD鑑賞をし、何よりも オーボエの演奏が続けられていることはありがたい。
一旦 主人にとって意味を失っていたものたちが ふたたび主人の時間を彩っている。
40代まで築いてきたものを 乱暴にもぎ取られることだけはまぬかれた、と言える。

その時が来るまで

「その時が来るまで、持たせたいですね」

いまさらだけれど不治の病はアルツハイマー病だけではない。
上記は先日の定期フォローの時の私の主治医の言葉。なんだこれは?これまた 治療法のない進行性の病を 主人のアルツハイマー病の変化とすり合わせしながら 伴走してくれている コトバのセンス絶妙なDr.。二言目には「主人が・・・」といって薬を飲み忘れたりする、自分のことは棚上げの不真面目な患者に 実は細やかに寄り添ってくださるのだが、「オレが診ているこの病気では死ぬな」ということなのだろうか?では何で死ねと?
いえいえ、十分に人生年月を重ねることがでたと思えるまで 進行を押えられたらいいね、ということですね。
しかし そうできたとしても やっぱり 何らかのきっかけで 別れの時が来る。

少し前まで私の目標は 主人より先に逝かないこと、そして 進行性の病と言ってもアルツハイマー病をサポート&見送るだけの間 ピンピンしているのはそう難しくないぐらのコントロールは可能・・・はずだったのだけれど、ReCODEはなかなかスゴイ。 主人がReCODEで戻ってきた、たくさん未来の時間を手に入れた。とはいえ 重い障害がのこったままでリハビリ効果は先が見通せない。これはなかなか難しいことになったぞ、という気がする。
「その時」がくるのはいつだろうか?それまでの時間をどう生きるか そして「その時」はどういうおとずれ方をするのだろう?

将来のシナリオは 楽観的チョーお気楽なものから たとえようのない悲劇まで 今なら幾通りにも描ける。ある意味これは幸せなことだろう。
そして やっぱりRECODEは威力がある。プラス 最近取り入れたガンドリーメソッド効果も相まって 私の体調も大変いい。ヨロズメソッドも積極的に身体仕様へと手をくわえてわが身で実験している。脳のように可塑性のある部位ではないので逆転はありえないけれど現状維持で逃げ切れれば言うことない。
命全体を見たとき、完全な「治癒」はありえない。勝たなくてもいい、笑顔で時間を紡げることが大切だと 今なら思うことができる。アルツハイマー病の圧力に潰れそうだったときには到底考えられなかった。長く、哀しい不治の病との闘病は心を追いつめる。

「その時」は、下りきった坂道の先かもしれないし、仕掛けられた爆弾が発動するのかもしれないし、突然の事故だってありうる。どんなふうに訪れても、主人は主人の、私は私の生きた時間を凝縮したようなイヴェントであってくれるだろう。
出会って間もない若かりしころ 主人が熱く語っていた夢が アルツハイマー病にもぎとられたまま 哀しい化石になることが避けられたのは大きい。ReCODE、ガンドリー、ヨロズのメソッドをカスタマイズしながら 未来のシナリオ、夢も時々に描き直し、しばらくはすすめそうである。今の贅沢な悩みは生活資金が底をついて なりいかなくなるほどの長生きしたらどうしよう!?です。


インフォメーション

主人への取り組みをベースにリコード目線で音楽療法を編み上げました。
リラクゼーション&フィジカルトレーニングに音楽を組み合わせました。
ReCODE的生活にをベースに構築する個人仕様です。

幼児からシルバーまで!ヴァイオリン・ピアノ・ヴォーカル 楽しく学ぶならここ /京都 よろず音楽塾


Youtubeチャンネルにリハビリの様子が時系列でならんでいますYOROZU×YOROZU

RECODEプロトコルに必要なものは 毎日根気よくつづけること。どんなにつらくなっても信じること。身体と命を守るための当たり前の行動だから 必ず良い反応があります。主体は本人、そして支える家族。

実行者、回復者が増えてくることを望んでいますが、中途半端な実行は危険なこともありますから、しっかりとしらべていただきたいと思います。

ReCODEプロトコルにまつわる困難とリスクについての考察 

アルツハイマー病とどう生きていくか あまりにも過酷な選択



まずは「アルツハイマー病の真実と終焉」をお取り寄せしてみましょう。


ReCODE認定の先生がおられます
日本初のRECODE認定医 今野先生のクリニック

暖かいお人柄で豊富な経験でサポートしてくださる菊池先生のクリニック

認定医ではありませんが「アルツハイマー病 真実と終焉」監修の白澤先生のクリニック他、栄養療法を取り入れているクリニックでは 協力を得やすいように感じています。


ここに経験者、仲間がいます。アルツハッカー掲示板メンバー登録



個人的に連絡くださってもいいです!

私たちよりももっと大きく改善する可能性のある方が大勢いると思っています。
主人は改善が難しいと言われる型ですが 私たちはあきらめていません。



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